光でなく電子を当ててモノを見る
吾輩は、電気管理技術者の親方たちに飼われている猫の〝でんでん〟である。
親方の一人が、上機嫌で帰ってきた。ほろ酔い加減である。こんなとき吾輩は、静寂を求めて、夜の林の中に逃げ込むことにしている。そこでのっそりと首をひねり、外の様子を確認すると、目にしただけで身が凍えるような雪景色であった。吾輩は、これから繰り広げられるであろう親方の演説によるやかましさと、縮み上がる寒さとを天秤にかけ、「前者がまし」と判断した。
「でんでん様! 君は電子顕微鏡の仕組みを知っているのかな?」
始まった。そういえば先日、親方たちは電子顕微鏡の工場見学をしてきた。そこで刺激を受け、手当たり次第に手近な文献を読みあさったのだろう。
「普通の光学顕微鏡では見えないほどの小さなモノが電子顕微鏡では見えるようになる。なぜか! それは、モノに電子を当てて、その電子が反射する様子から形を解析したり(走査型)、電子がモノを通り抜けた様子からその姿を導く(透過型)からなのであーる。電子をモノに当てるためには、電子ビームをつくらなくてはならないが、そのために用いられているのが、電子レンズなのだよ、君。これは、コイルに電流を流して磁場をつくり、その中心に電子を通す仕組みが利用されているのだな。そしてさらに、でんでん君!」
吾輩は目を閉じ、身動きせずに丸まっている。無言の吾輩を相手に演説はまだまだ継続されるのである。すると不思議にも親方の演説がクラシック音楽のように思えてきた。吾輩は寒さを選ばずにいた判断が正しかったと、まどろむ頭の片隅で考えた。