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生物多様性レポート

生物多様性を維持していくために私たちに何ができるのか、
その可能性を探るコーナーです。

アプリで環境保全、周りの生物が宝物に変化

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株式会社 バイオーム 代表取締役の藤木庄五郎さん。
株式会社 バイオーム
代表取締役の藤木庄五郎さん。

 「もともと生物の宝庫といわれるボルネオ島ですが、私が訪れた2012年には地平線が360度見渡せるほど森林が伐採されていました。そうした現実を目の当たりにし、生物多様性の維持は私が生涯をかけて取り組むべき課題だと決意しました」。株式会社バイオーム・代表取締役の藤木庄五郎さんは、京都大学・大学院に在学中、通算2年半ボルネオ島でキャンプ生活を送りながら生態調査を行った。
 そこは地上23階に相当する70mの樹木が生い茂っているはずの熱帯林。だが実際は皆伐された更地が広がっていた。藤木さんは急速に進む環境破壊への危機感をおぼえるとともに、経済活動が自然に与える影響の大きさにも衝撃を受けた。

 大学での研究テーマは位置情報システムとドローンや衛星を使った画像解析。調査区を500カ所以上設置し、樹種名と大きさを記録するなどしてデータを収集した。毎日30kmほど歩き、川の泥水を飲む過酷な生活に現地で雇った作業員も次々と辞めていく。熱病に侵され、身体にたかる虫さえ払えないほど弱った時期もあったが、生物多様性を維持するという強い信念だけが藤木さんを突き動かした。
 そうしてようやく得たデータを活用して、広域の生物多様性を衛星画像から評価するシステムを開発し、2017年3月に博士号を取得。地図上で森林の伐採や生物の生息状況などが把握できるようになった。

 世界で環境への取り組みは広がりをみせるが、未だ確立されていないのが生物多様性の評価方法だ。まず生物のデータベースをつくることが、環境問題を解決する一歩になると考えた藤木さんは、同年5月に株式会社バイオームを設立した。
 データの収集は大学や行政をはじめ、一般の人も気軽に参加できる。使用するのは動植物をコレクションするスマートフォンアプリ「バイオーム」。現実世界で見つけた生物をスマホで撮影すると名前が自動判別され、希少度合いによって付与されるポイントが変動したり、コレクションを登録者の間で共有するなどの機能がある。
 「アプリを通して提供したいのは、生物に対する新しい〝価値体験〞。壁に止まっている蛾にこれまでにない価値を感じ、周りの生物が宝物に見える世界観をつくり出すことです」。藤木さんは一般の人が〝環境保全〞というキーワードにハードルを感じないよう、さまざまな機能やイベントなど楽しさを追求したコンテンツを盛り込む。登録者はアプリを活用するほど、環境保全の貢献につながるという仕組みだ。

 「将来は生物のデータベースを活用し〝生物予報〞のようなインフラをつくります。それは漁獲量や獣害の発生をはじめ植物の開花時期などを予測し、さまざまな業界の役に立つものです。ボルネオ島の更地を見て、環境問題への意識を変えるには人間の欲に踏み込まなくてはならないと感じました。私たちは環境の破壊ではなく保全が利益を生み出す仕組みをつくって環境問題にパラダイムシフトを起こしていきます」。

いきものコレクションアプリ「バイオーム」。
いきものコレクションアプリ「バイオーム」。
こぼれ話 こぼれ話


生物の宝庫といわれるボルネオ島は、私たちが熱帯林という言葉からイメージする風景とは大きく様変わりしていました。では日本の森林は、どのような状態なのでしょうか?
日本は国土の2/3が森林に覆われていますが、その多くを占めるのがスギやヒノキ。戦後、住宅の再建などを目的に多くの木材が必要になり、成長が早いスギを中心に大量植林しました。しかし、次第に木材の輸入が始まると林業は衰退し、森林は荒れ果てていきました。すると、ほかの植物は育たず、餌を失った生物は生きていくことができません。こうした背景から日本もまた、一部で生物多様性が維持できない環境があるのだそうです。「バイオーム」を通じて生物に興味を持つことも、環境保全の貢献につながるとわかりました。