カメラマンがでんでんを激写!?
ここは茨城県ひたちなか市。電気管理技術者の親方たちが仕事場とする事務所だ。吾輩"でんでん"は、その片隅に暮らす猫。飼い主の親方たちは活力が有り余り、目前の人に対しても、まるで1キロ先の相手と話すような大声で語り合う。つまり、やかましいのだ。
騒音に身をよじり、いつもの定位置で丸まっていると、来客があった。吾輩が写真殿と呼ぶ親方たちの友人だ。やはり声はでかく、いつも一眼レフカメラをぶら下げている。先日は吾輩を被写体に半日もシャッターを切り続けた。今日は写真のあがりを見せに来たのか。吾輩がモデルなら、どんな拙劣写真家でも芸術的作品になるのは間違いないが、まあ、お手並み拝見。
だが、写真殿は入るなり「5軒目にしてやっと見つけたぞ。れんかだ、恋歌!!」と『恋歌』と題された書物を2冊取り出し、1冊を読書好きの親方(活字殿)へ手渡した。
「おお、あったか。ありがとう! 私のぶんも買ってくれたのか」
「舞台はわれらが水戸。かつての水戸藩が描かれた作品が直木賞をとったんだ、是が非でも手に入れるべきだろう」
「著者は朝井まかて。時代は幕末・明治。主人公は、5000円札に描かれている樋口一葉の師である中島歌子。水戸の天狗党にいた林忠左衛門の妻。定価は1600円、税別。読みたかったんだ。ありがとう」
「そうだ! 天狗党といえば、このひたちなか市にも志士たちの墓など、ゆかりの場所がいくつかあるぞ、読む前にリサーチするか」
「行くぞ、すぐ行くぞ」。
2人の会話に、ほかの親方たちもあっけにとられていた。そのぽかんとした顔を蹴散らすかのように写真殿と活字殿は、事務所を飛び出していく。吾輩の写真は、どうなったのであろう。