人間の値打ちを人間が決めるとは何ごとか!!
吾輩は電気管理技術者の親方たちに飼われている猫の〝でんでん〟である。
大声を張り上げながらの議論が何より好きらしい親方たちが、今、戻ってきた。吾輩の午睡は、このどら声の合奏により、常にままならぬ。今回も例外ではない。
「電力の鬼・松永安左エ門(1875~1971)がもしも生きていたら、原発事故は起きなかったといわれているようだ」
「松永?」
「戦後、多くの反発勢力を押し切って電力事業の民営化を実現したり、国をあげての猛反対を受けながら電気料金の大幅値上げを断行して電源開発の促進などにつなげた人物!」
「関東大震災のすぐ後、周辺が遺体の山になっている目白の自宅で、生き残った社員たちを前に、大電力構想(市街地の配電線地中化、全国の周波数統一などの電力網確立プラン)を熱く説いた傑物!」
「最終的には説得されて受勲したが、最初は総理大臣を怒鳴りつけて、勲章を拒否したこともあるぞ!」
声の大きさが異常である。なぜ親方たちは、吾輩の午睡に対する配慮をしないのであろうか。と、その場を去ろうとしたとき、
「でんでんさん、私の話題で貴君の大切な休養の邪魔をしてしまい申し訳ない」
吾輩を呼び掛ける声がした。声の主は、ぼんやり透けた身体の、かくしゃくたる老人だった。透けすぎて足もとは見えない。親方たちには老人の姿さえ見えないようだ。礼儀をわきまえている老人に吾輩は「いつものこと、大儀ではありません。それより勲章を拒否したとか?」と聞いてみた。
「お恥ずかしい。ついカッとなり"人間の値打ちを人間が決めるとは何ごとか"と怒鳴ってしまいました」
「では、吾輩が勲章を差し上げると言ったら?」
「ほっほっほ、でんでんさんは人間ではないので、ありがたく頂戴します」
幸い吾輩は、授ける勲章を持っていなかった。