国立公園を歩く

国立公園は全国に35ヵ所。日本各地の豊かな自然環境、生態系、守っていきたい風景をご紹介します。

Vol.3 「神々の遊ぶ庭」と呼ばれる美しい景観 日本最大級の山岳公園|大雪山国立公園

 大雪山国立公園は北海道中央部に広がる日本最大級の山岳公園。大きく3つのエリアがあり、1つは道内最高峰の旭岳を抱く大雪火山群と雄大な台地が南方に広がる「表大雪」。もう1つは美瑛や富良野といった景勝地から連山が望める「十勝岳連峰」。そして、山と森と湖が織りなす十勝川流域の「東大雪」だ。いずれも独自の自然環境に豊かな生態系が育まれている。
 公園管理事務所の企画官・高橋広子さんは「大雪山の魅力は何といっても原生的な自然が残っているところ」と話す。
 国立公園に指定されてから約90年。温暖化で積雪範囲の変化などはあるが一帯は今もなお寒冷な気候だ。標高2000m以上の山岳地帯には土壌や岩石が凍ったままの「永久凍土」が広がる。ほかにも、地面が凍結と融解を繰り返し複雑な形状になる「周氷河地形」、寒冷地ならではの珍しい植生など高橋さんの言う魅力は至る所に見られる。
 大雪山の美しさはアイヌの人々から「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」と形容される。日本の高山植物の4割になる約250種が生え、ホソバウルップソウなど固有種も多く、色鮮やかな花の風景や特異な地形はまさに神々の遊ぶ庭にふさわしい。中でも目を見張るのは旭岳の裾合平に広がるチングルマ。黄色の芯を白の花びらが包む高山植物で、ここが国内最大の群生地だ。これが目当てで訪れる登山客も多い。

群生地として有名な「裾合平」。記事本文のあとにある現地訪問レポートもご覧ください!

 限られた地域でしか見られない動物もいる。エゾナキウサギもその一種で、氷河期に大陸から渡ってきた後、温暖化で取り残され、高山帯に逃れることで生き残った「遺存種」と呼ばれる。寒冷な岩場に生息しており、かわいらしい姿と鳴き声で人気を集める。
 自然がつくり上げた傑出した景勝地。その「保護と利用」を同時に進めるのも国立公園の役割だ。そこで今力を入れているのが携帯トイレの普及活動である。
 山深いこの地はトイレの設置や管理が困難で、排泄物の放置や排泄のため花畑に踏み入る行為が高山植生の消失につながり問題となっている。常設トイレがない場所では携帯トイレを使用してもらい景観の保全と高山植生の保護を行っている。
 登山者にはその持参を呼びかけ、利用しやすいよう専用ブースを随所に設ける。ブースには下水施設はないが便座に携帯トイレをセットすれば普段と同様に用が足せる。それを持ち帰り下山後にビジターセンターなどに設置されている回収ボックスに廃棄する仕組みだ。地道な普及活動により持参率は年々上がっているという。今後も山岳トイレ問題の改善を進めていく。
 保護と利用の活動に全力を傾けながら、大雪山国立公園のかけがえのない美しさを肌身に感じている高橋さんは、「登山以外にも、川のレジャーや温泉など興味関心の間口が広いエリアです。紅葉の秋、雪深い冬、そして短期間に動植物の生命の躍動が見られる春夏と、北の大地特有の四季折々の魅力を体感しに来てください」と呼びかける。多くの人と感動を共有したいと願っていた。



現地訪問レポート

2回目の国立公園の取材に舞台は北海道!本州の山にしか登ったことがなかったため、取材で遠征できることに感謝……(文字通り「役得」でした)。広大な大雪山国立公園の中でも、今回お話を聞きに行った管理事務所は表大雪エリア。ということは、これはもう行くしかないでしょう、旭岳。チングルマの群生地を見に行きます!

旭岳の登山口、コースはさまざまありますが、10年のブランクがある筆者でございます。しかも、初めてのソロ。トラブルが発生してしまったら大変なことになります。気持ちとしてはガッツリ登りたいところですが、ここは調子に乗らず、安全に。ということで、ロープウェイで一気に標高2,000mまで登っちゃいます!!!

旭川市内に宿泊していたため、ロープウェイ乗り場までは旭川駅前からバスでアクセスしました。7月初旬、麓の気温は30℃超えでしたが、ロープウェイを降りると22℃の表示が。一気に10℃も気温が下がり、夏なのに日の当たっていないところは肌寒いくらい涼しい!空気がきれいで遠くまで見える!晴天!とテンションは急上昇しました。


ロープウェイ乗車前にはクマ避けの鈴も購入♪


ロープウェイを下車すると、係の方が歩き方などを説明してくださいました。乗り場に併設されている食堂・売店を通り、さっそく散策開始。今回の行程は軽装でも気軽に楽しめる「姿見の池」周辺の散策コース(1周約1時間)と、少し足をのばしてチングルマの群生地・裾合平の往復(散策コースから約3時間)の4時間コースと定めました。道中、トイレはありません。まずは裾合平を往復しロープウェイ駅まで戻り、トイレ休憩、その後姿見の池1周、というルートをたどることにしました。
※お手洗いが不安な方は、記事本文にもあるように携帯トイレをお忘れなく!(ルートによってはブースがありませんので、あしからず…)

歩き始めると、さっそく歩道のすぐそばにチングルマを発見!出発してすぐ見られるなんて、群生地まで行ったらどんな景色が広がるんだろう!と、ワクワクが止まりません。




「すり鉢池」を過ぎると、「この先は登山道」と注意の看板が。ここまでは歩道が整備されていましたが、この先は岩が多く、確かにきちんとした登山靴を履いていないと厳しそうでした。

火山なんだなあ…と思わせる、火山性の岩石もゴロゴロ


雪解け水!冷たい!(途中行き交ったツアーのガイドさんの声が聴こえましたが、「きれいだけど飲まないように!」とのこと。え。もう飲んじゃった…)


雪渓です!!!!7月なのに、雪だーーー!!!!!(雪を見るとテンションが上がる関東人)


さて、コースマップを片手に1人キャッキャと楽しく歩くこと1時間半、マップ上のポイントP13「裾合分岐」に到着。しましたが……チングルマは、いずこ……???
あまり詳しく調べずに来てしまったので「裾合平にたどり着けば群生地がある」と思っていたのですが、チングルマの咲いている場所はちらほらあるものの、ここに至るまで群生地と呼べるような規模のものは見かけませんでした。これは、もしかして、花期には早すぎたのかしら。と、ちょっとガッカリしながら、ひとまず休憩におにぎりを食べ始めました。

分岐地点の休憩エリアには先客のおばさまが2名。この後どうしようかなあ、とおにぎりをもぐもぐしていると、後から来て休憩し始めた玄人っぽいおじさま1名に、おばさまたちが「あの~…」と声をかけ、何やら会話が始まりました。私はといえば「まあないモンは仕方ないですな」と諦めてロープウェイ方面に戻ろうとリュックを背負い立ち上がり、歩き始めると、背後で会話しているおじさまから「ああ、チングルマならもう少し行った先ですよ!」とのご発言が!な、なんですと?と、つい足が止まる私。会話が盛り上がっていらっしゃるおじさまとおばさまがた。ええい旅は恥のかき捨て!と、私も踵を返し、その会話にお邪魔させていただきました。玄人おじさま曰く、ここは分岐点であって、裾合平はもう少し先、とのこと。なるほどそうだったんですね…下調べが甘いとこういうことになる。反省です。

時間にはまだまだ余裕があります。おじさまとおばさまがたにお礼と別れを告げ、気を取り直していざ出発!


写真右側が来た道、左側が裾合平へ続く道。


木道を10分ほど進んでいくと、おじさまの仰った通り、ついに来ました……!

これは、確かに、まさに群生地!チングルマのお花畑です!!

木道の先まで、両側にずっとお花畑が広がっています。登山客の方がたくさんいて、皆さん見とれていました。私も圧巻の光景に言葉を失い、しばらくはただ360度見回すばかり。足元のお花畑、遠くの切り立った稜線、底抜けの青空。下界とは切り離されたとにかく現実離れした空間に、「これが、神々の遊ぶ庭(カムイミンタラ)かぁ……!」と感嘆の声が漏れました。

冬は雪に閉ざされる旭岳。岩の影や窪地など、雪が解ける時期は場所によって異なるため、草木や花々の成長スピードもまばらだそう。だからこそ、同じ種類の植物が、この辺りはまだ蕾だけど向こうは咲いていて、こちらではもう綿毛になっている。など、色々な状態を長く楽しめるのが特長なのだと管理事務所の方に教えていただきました。チングルマの見頃は例年7月~8月初旬とのこと。この時期はハイシーズンですので、少し混雑するかもしれませんが、一見も二見もの価値あり!です。


その後、また1時間半かけてロープウェイ乗り場まで引き返し、トイレ休憩。山の上で飲む北海道の牛乳は格別ですね。


雪解け水が溜まった数々の池に、噴気の立ち昇る旭岳の山肌。

こちらが姿見の池です。風がやむと湖面が鏡のようになって、旭岳がきれいに映ります。


寒冷な高山であるがゆえに、地形も植生も独特な旭岳。実際に訪れてみて、目に映る風景すべてが非日常!観光ついでに足を延ばすのでも、本格的に登山するのでも、どちらの楽しみ方も受け入れてくれる懐の広い山だなと感じました。お仕事ですが、本当にリフレッシュになりました。皆さんもぜひ、大自然を実感しに訪れてみてくださいね!

ちなみに今回のコースは、5段階の「大雪山」グレードのうち裾合平の往復がグレード2で、姿見の池の散策コースはグレード1です。旭岳山頂まではグレード3とのことですので、服装と持ち物を整えた中級者向けです。私のようにブランクがある方や初心者の方は経験者と同行する、「無理だ」と判断したらすぐに戻るなど、体力や技術と相談して挑戦するようにしましょう。
※山歩きが10年ぶりの私は、体力的には何の問題もなく今回の行程を踏破できましたが、身体の使い方を忘れていたようで、最後は片方の膝が痛くなってしまいました(笑)。

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