健康なうちに移住 長生きをリスクにしない社会へ
日本大学経済学部次長、東京大学公共政策大学院教授。サステナブル・プラチナ・コミュニティ政策研究会座長として日本版CCRCへの政策提言を取りまとめた。
サステナブル(持続可能な)社会の姿を学術研究の最先端から探る連載の第4回。今回は健康な状態で入居し、多世代が集ってコミュニティを形成する新しい高齢者施設「日本版CCRC」を紹介する。長生きをリスクにしない社会がみえてくる。
多世代交流を生む施設
2025年の日本は、団塊世代の中心層が75歳となり、後期高齢者が一気に増加する。この世代は3割以上が東京・埼玉・千葉・神奈川に集中して住んでおり、計算上は13万人分の介護施設が不足する(国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」)。
そうした中、従来の介護サービス付き高齢者住宅などと異なり、「健康なうちに入居し、地域の仕事や生涯学習などに主体的に関わり、多世代交流を生む」新たな高齢者施設が日本各地に誕生しつつある。それが日本版CCRCだ。政府の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」で2014年度に予算化され、地方自治体は交付金を活用し、産学と協同しながら新施設の建設を進めている(2015年度で37カ所)。
CCRCへの移住を通じ、高齢者のクオリティオブライフの向上、地域の新規雇用創出、居住者の健康寿命延伸による医療・介護費抑制などの効果が見込め、都市部一極集中も緩和できる。まさにサステナブル社会を視野に入れた取り組みだ。
日本大学経済学部・中川雅之教授のゼミではこうした社会問題をテーマに据え学生の考察を促している。CCRCは2014年のゼミテーマであり、政策提言の場で培われた最新の知見を中川教授が伝え、学生がそれを真剣に考える。
「実は、都市部と地方では高齢者人口がピークを迎える時期に差があります。都市部は2025年以降。しかし地方は概ね2020年以降に減少するとみられます。よって都市部の団塊世代が地方に移住すれば、地方で空いた施設の有効活用につながる」(中川教授)。
2017年に熊本で行われた大学ゼミ対抗の地域活性化策のコンクール「公共政策フォーラム」にて。
中川ゼミは熊本商工会議所賞を受賞した。
多彩な魅力を発信
移住した高齢者が活力を持って暮らせるよう、各地の施設は多彩な魅力を発信する。農業や地域活動に積極的な人を呼び込む「農村型」体制の整備(長野県佐久市)、大学内にCCRCを設置し、高齢者の持つノウハウを生涯学習や地域の起業支援に生かす構想(新潟県南魚沼市)、市の中心地にあるタワーマンションの1フロアを、住宅、介護、交流を生む「町」として運用する事例(岐阜シティ・タワー43)。
2014年内閣官房の調査によれば、東京在住の50代男性で50.8%、女性で34.2%が移住を検討したいと回答した。ただし、実際に移住するとなれば物理的・心理的な課題がある。
「日本版CCRCは始まったばかり。移住が今後一般化するかは未知数です。政策推進にはまず国内中古住宅市場の整備が必要と考えています。これまでの住まいの適正価格での売却、移住先CCRCが合わなかったときの売却などが容易な市場をつくることです。また現在の介護保険は要介護度が上がるほど受給額が増えます。これでは健康に余生を過ごしたい人を増やしにくいので、制度の見直しも必要です。それらの仕組みを整えていけば、CCRCの魅力は一層高まっていくでしょう」と中川教授は展望を語った。
<日本版CCRCとは>
CCRCは「Continuing CareRetirement Community」の略。健康時から介護時まで継続的ケアを提供する高齢者コミュニティの意味。アメリカの富裕層向けサービスが起源だが、日本版は年金受給者も対象とし、世代間交流を図るなど独自の特色がある。
こぼれ話
今回取材でお話を伺った日本大学の中川雅之教授は、不動産分野の先進的存在で、政府の有識者会議等で多くの制度作りに貢献されています。日本版CCRCの定着に向け、中川先生は「日本の不動産は中古市場になると買ったときの半値以下でしか売れなくなってしまいます。これを何とか改善し、適切に維持された住宅がもっと高く売れるような市場が理想です」と話されました。制度設計から不動産の価値・値付けまで幅広く考えながら制度を推進されていることがよくわかりました。
日々2児の子育てに奮闘するお父さん。
自然と触れ合うのが何よりも好きです。