最終回 冬季は暖冬型の、夏季は日本付近で南西風を強めるような気圧配置に近づく

「日本の気候変動2020」を読み解く:地球の温暖化現象について気象庁は最新の科学的知見をまとめ、気候変動に関する影響評価情報の基盤情報(エビデンス)として使えるよう、『日本の気候変動』を発行しています。最新の知見が盛り込まれた本書の内容を紹介します。

18回にわたって展開してきた連載も今回が最終回です。ご愛読いただき誠にありがとうございました。
今回は夏と冬の気圧配置について見ていきます。

本書の第10章には、冬季は暖冬型の、夏季は日本付近で南西風を強めるような気圧配置に近づく傾向が近年見られる、と書かれています。 従来日本の冬の気圧配置といえば「西高東低」が一般的でした。これには以下のような理由がありました。

冬の気圧配置の発生メカニズム
冬になると放射冷却などの影響からシベリア大陸北部に冷たい寒気が発生します。冷えた空気は重いため地面にたまります。気圧とは大地にかかる空気の重さによる「圧」であり、下降気流が発生している場所は周辺より気圧が高くなっています。そのため冬のシベリア大陸では一般に「シベリア高気圧」が発生します。これが西側の高気圧である「西高」です。 一方、赤道で発生した温かい暖気は北上し、太平洋沖で北極から降りてきた冷たい寒気とぶつかり渦が発生します。この渦は周りを巻き込みながら均質化しようと大きくなっていきます。周囲の空気が混ざり合う際に上昇気流が生じ、気圧が低下します。これが一般に「アリューシャン低気圧」と呼ばれる低気圧「東低」です。

空気は気圧の高いところから低いところに流れます。そのため、西高東低の気圧配置では、寒いシベリア高気圧の大気がアリューシャン低気圧に向かって流れ込みます。このとき、気圧の差が大きければ大きいほど強く流れるため寒くなります。気圧差が大きく、また寒気団の勢力が強いときにいわゆる寒波が日本列島に到来します。

一方、日本の夏の気圧配置は南に高気圧、北に低気圧という「南高北低」型が多くなります。これは先ほどとは逆にシベリアなどで夏に温められた空気が上昇し、低気圧が発生するためです(大陸は海洋に比べ日照によって気温が温まりやすいという特徴があります)。暖まった上昇気流は太平洋沖まで流され、やがて冷えていき、下降してくることで高気圧が発生します。気圧変化のメカニズムは同じなのですが、夏と冬では置かれた環境の違いから地域ごとに真逆の現象が起きるのです。ただ、日本では梅雨時期などもあり、典型的な「南高北低」の気圧配置はあまり長続きしません。

本書の記述を見てみましょう(以下“”部分は『日本の気候変動2020年版』からの引用です)。

・気象庁55年長期再解析データ1(JRA-55)に基づき、1980年から2018年の海面気圧の長期変化傾向を解析すると、冬季(前年12~2 月)には、日本の南東海上で平年より気圧が高くなるという傾向が見られる。
・平年の冬季には、ユーラシア大陸上にシベリア高気圧が、日本の東海上にアリューシャン低気圧が発達し(いわゆる「西高東低」の気圧配置)、北西の季節風が吹く。日本の南東海上で平年より気圧が高くなるという傾向は、暖冬の際に見られる特徴と共通するものである。
本書24P

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_honpen.pdf#page=30

近年は日本の南東海上で気圧が高くなり、暖冬に似た傾向となっているということです。東西の気圧差が小さくなることで、暖冬傾向が続いているのですね。

同様に夏の記述も見てみましょう。

・JRA-55に基づき、1980年から2018年の海面気圧の長期変化傾向を解析すると、夏季(6~8 月)には、日本の南海上で気圧が高く北日本で低くなるという傾向が見られる。
・上述の変化傾向は、日本の南で太平洋高気圧が強まる一方で北日本では低いという気圧の変化傾向であり、南西風を強めると解釈できる。
本書24P

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_honpen.pdf#page=30

南西風が強いということは、より温かい空気の吹込みが強くなるということであり、体感的にも暑く感じられるということを意味しています。ただし、冬の寒さは和らぐ傾向がある一方で、夏の場合は“南西風を強めると解釈できる”という表現からも推察できるように、事態は冬ほど単純ではないようです。

夏季の太平洋高気圧の北への張り出しは弱まると予測される
・気象庁気象研究所による夏季の予測では、4℃上昇シナリオ(RCP8.5)では、夏季の太平洋高気圧の北日本への張り出しは弱く(確信度は中程度)、南西諸島から西日本では強まる傾向である(確信度は低い)。
本書25P

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_honpen.pdf#page=31

これは今後、夏の暑い高気圧の勢力は弱まるということを意味しており、地球温暖化とは逆の事象のようにも見えます。夏の気圧配置は複雑なため、単純に今後は暑い夏が増えるとはいいにくいようです。 また、これには季節ごとに吹くジェット気流の存在も関係しているようです。日本の気候変動2020詳細版には次のような記述があります。

日本付近では1年間を通して偏西風が吹いているが、その中心緯度と最大風速値の季節変化は寒気と暖気の境とそのコントラストの大きさの目安であり、擾乱が発達し通過しやすい緯度帯に対応する。偏西風の季節変化の将来変化(図8.2.5(a))を見ると、秋季から冬季の偏西風は北偏する傾向であることから、秋季からアリューシャン低気圧の南下が遅れる季節変化のあと、冬季における暖冬型気圧配置への将来変化を示す。春季は、偏西風はやや北偏しながらも現在気候の偏西風の緯度帯全体で強まり、西風が強い気圧配置が残る。初夏は亜熱帯の偏西風の北上が遅れる季節変化であり、盛夏には日本域で偏西風は弱くなる将来変化を示す。現在気候における関係から考えると梅雨前線の北上の遅れと日本域での早期弱化と読み替えることも可能であるが、降水量の将来変化には水蒸気量の増加も関係しているため、別の解析が必要である。以上の結果は、CMIP5(図8.2.5(b))においてもおおむね確かめることができる。ただし、夏季の日本付近においては偏西風の将来変化の符号一致度が低く、モデルによる不確実性が高いことを示している。
日本の気候変動2020詳細版 130P

https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/2020/pdf/cc2020_shousai.pdf#page=136

簡単に説明すると日本付近の上空で吹く偏西風は季節ごとの寒気と暖気の境とそのコントラストの大きさによってコースが変わるのですが、盛夏には日本の偏西風は弱くなると予想されます。しかし、その背景には降水量(水蒸気量)の変化なども関係しているため、別の解析が必要とのことです。

気候変動や温暖化はいろいろな条件によって変わってきます。ただし、長いスパンで見た場合、人間の経済活動により、温暖化ガスが発生し、それが地球温暖化に一定の影響を与えていることは本書のデータから明らかです。

本コーナーの記事が「現代を生きる私たちに何ができるのか」を考えるきっかけとなれば望外の喜びです。 これまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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