デザインの力でSDGs達成へ

井上 滋樹(いのうえ しげき)
米国マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員、博報堂ダイバーシティデザイン所長などを経て2017年4月に九州大学大学院芸術工学研究院教授に着任。「人間中心」をキーワードとした、研究、デザイン制作、教育活動、国政連携、社会連携事業に従事する。

サステナブル(持続可能)な社会の姿を学術研究の最先端から探る本コーナー。今回はデザインの力で世界を変えるべく活動を行う九州大学大学院芸術工学研究院SDGsデザインユニット長の井上滋樹教授に話を聞いた。

デザインで諸問題を解決

井上教授は多様な人を対象とした視認性に優れた文字やグラフィック、パッケージの制作、ユニバーサルデザインの店舗、まちづくりなどに長年携わってきた。
2017年4月に九州大学大学院芸術工学研究院教授に着任、翌年に組織横断的に教職員26名からなるSDGsデザインユニットを立ち上げた。「デザインというと製品の姿かたちなどの意匠を考えることと思われがちです。しかしデザインを〝問題を解決する力〞と定義すれば、領域は無限に広がります。21世紀の地球上に解決すべき問題は多いですが、さまざまな分野の専門家である教員たちが学生および産官学連携を通じデザインの力でSDGs達成を図っています」。
今年の春、同ユニットの取り組みとして、インド・ムンバイの小学校に絵本を寄贈した。インドの衛生問題をデザインの力で解決するため、楽しみながらごみ問題について学べる絵本を制作し、現地の児童らに贈った(九大×花王SDGsクリエイティブコラボの共同ワークショップ)。
「最初、大学院生らは日本の子どもに伝える感覚で妖精が登場する絵本をつくりました。でも妖精になじみのない現地の子どもには受け入れてもらえなかった。そこで現地の先生からインドの生活習慣やカースト制度、宗教の戒律などをヒアリングし、日本に帰ってつくり直したんです。現地で頻繁に目にした牛が、ごみを食べて体調を崩し困っているという物語に変えた本は、今度は受け入れてもらえました。大学院生らにとっても忘れられない経験になったようです」。
インドの古いカースト制度では掃除は下賎の者が行う仕事という考え方がある。この絵本をきっかけに子どもたちが新しい価値観を持てば、習慣も変わっていくだろう。

インド・ムンバイで子どもを前に絵本の読み聞かせを行う大学院生。

実際に作り、配った絵本。

SDGsデザインアワード

このほかにも同ユニットは、アフリカの問題解決や、自然に返る素材での衣服づくり、他国の大学との連携活動などに取り組んでいる。
現在、最も力を入れているのが、世界を救うデザインを募る「SDGsデザイン・インターナショナル・アワード2019」だ。対象は、デザインに興味のある国内外の学生。テーマは、①自然災害による被害の対策につながるデザイン②美しい海の豊かさを守るためのデザイン③民族・国籍・年齢を超えて多様な人が共生するためのデザインの3つ。「次代を担う若い世代に国際的な賞を授与することで、斬新なデザイン・アイデアの創出と共有を積極的に進める狙いがあります」。
世界の諸問題を解決するデザイン──そのために重要なのは何かと井上教授に聞くと、「現場に出向き、その場にいる人の生活に密着することです。インドの絵本もそうでしたが、大事なのは現地の人に寄り添うこと。その姿勢がないと、具体的な問題の解決には至りません。あとは諦めないこと。クリエイティブとは日常を疑い、根本から考え直し、新しいものをつくる試みです。ブレイクスルーとなるのはちょっとしたアイデアで、それを具現化するのが〝デザイン〞です。諦めずに考え抜くことが問題の解決策を導くのだと思います」と答えてくれた。

こぼれ話

井上滋樹先生は博報堂でダイバーシティデザインを追求されていました。お年寄りや視覚障がい者でも見やすいパッケージデザインとはなにか、寄り添い、話を聞きながら解決を図ってきた姿勢は、現在取り組まれているデザインを通じSDGsの実現を図る姿に重なります。
記事には紹介できませんでしたが、急速な発展の陰で問題を抱えるアフリカのルワンダの問題解決など、文字通り地球規模で活躍する井上先生のぶれない姿勢に深く感銘を受けました。

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