• All for JAPAN
  • 東日本大震災から復興への歩みをみせる被災地の企業や日本テクノの取り組み

仲間とともに最高のおもてなし Scene 61

城と生きるこの地で

約350人を収容できる城見櫓。6つあるどのフロアからも熊本城の景観が眺められる。

 400年にわたり熊本の繁栄を見守り続けてきた熊本城。県のシンボルといえる歴史的建造物は2016年4月の熊本地震で甚大なダメージを被り、現在もなお復旧作業中だ。
 その熊本城をどの席からも見渡せる観光料亭「城見櫓しろみやぐら」は、かつての城外屋敷・花畑御殿があった場所にある。雄大な景色と良質な食事が楽しめると人気の店は、前震が発生した4月14日も満席だった。
 経営する共和観光株式会社代表取締役の林祥増さんは「ウエディングもできるよう事業の拡大を考えていた時期で、その研究のため他店で会食しているときでした。会計時に地震が発生し、店が心配でお釣りも受け取らずに戻りました」と当時を振り返る。
 利用客は食事を終えすべて帰った後で避難誘導などは不要だったが、棚にあった食器類はことごとく落ち、割れて床に散乱していた。余震が続き熊本城からは砂煙が上がる中、従業員とともに片づけをした。
 そして4月16日未明。さらに大きな揺れが襲う。本震だ。自宅にいた林さんは妻、愛犬とともに車で近くのコンビニの駐車場へ避難。不安の中、夜が明けるまで過ごした。

背景に熊本城を望む店内で当時を語る林祥増さん。

 翌朝、店の様子を確認しに行く。ある程度覚悟していたが、大型冷蔵庫は倒れ、窓ガラスは割れ、玄関に地割れが起き、少なくなっていた食器類にも追い打ちをかけられ散らばる惨状に愕然とした。これでは営業できない。やむなく休業を決めた。
 店からは被災した熊本城を一望できる。それを多くの人に見てもらおうと考え、5月25日、林さんは屋上を無料開放した。もとより来店客に好評だったそのビュースポットからは「奇跡の一本石垣」と呼ばれた柱状に残る石壁がよく見えた。一般客や報道関係者が多く訪れた。来訪者には自らお茶を出し続けた。
 店舗は7月23日に1階フロアと2階個室を8名の従業員で再開した。少しずつ従業員に戻ってもらい、2階以上のフロアも順次開店した。その一方で、建物の老朽化も以前からの課題だったため、震災前に購入済みだった隣のビルと合わせての再建計画を進行させた。
 取り壊しから建設まで2年がかりの一大プロジェクト。2019年から休業して取り組んだ。そしてリニューアルオープンは、震災の教訓を忘れぬように2021年の4月14日にした。階層ごとに和風、洋風など異なる趣の6フロアで構成。再建前と同様、すべてのフロアから熊本城を眺められる設計にした。屋上庭園は震災前に計画していたウエディングもできるよう、より壮麗な装いにした。
 「震災、コロナ禍と厳しい時期が続きましたが、自分自身の軸がぶれなければ何があっても大丈夫」と思えた林さん。その後ろ盾には、従業員も含め一緒に汗を流してきた仲間の存在がある。特に若い時分から苦楽を共にした専務とは長年にわたり力を合わせ、店を大きくし、災害をも乗り越えてきた。今では、「県内で100名以内の会食をするなら城見櫓」との定評を得、海外からのVIP客の会食にも利用されるまでになった。
 よい料理、よい接客が出会いを生み、その人と人との輪が日本から世界に広がり、熊本には今日も多くの観光客が訪れる。「災害に遭っても命はあったから今がある。苦難をバネにして前に向かっていきます」。復興が進む熊本城のお膝元で、最高のおもてなしを提供し続ける。

棚にあった食器は落ちて床一面に散乱していた。

関連記事一覧