• 中小企業のSDGs
  • 企業の事業内容に沿って、どのようなSDGsの目標達成が図れるのかを解説していく

【第9回】宿泊業 事業活動と融合するSDGs

企業の事業内容に沿ってSDGsの目標達成を考える本コーナー。今回はSDGsを実際に事業活動の中
に落とし込んでいる企業を紹介する。



 亀山温泉ホテル(千葉県君津市)は一般社団法人日本SDGs協会から事業認定を受けた千葉県初のホテルだ。認定項目はゴール3「すべての人に健康と福祉を」、ゴール4「質の高い教育をみんなに」、ゴール15「陸の豊かさも守ろう」そしてゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」の4つ。
 具体的には林道の整備で発生する間伐材を焚き火などの燃料として利用したり、亀山湖畔での各種自然体験プランを通じて環境への理解を深めたりするほか、地域の環境団体との連携も欠かさない。特に間伐材の取り組みは「観光客が来れば来るほど山がきれいになる」という、これまでの概念を覆すものとして各種メディアに取り上げられている。
 事業活動とSDGsを両立する秘訣を企画広報担当の豊島大輝さんに聞くと「一番大切なのは〝続けられること〞。担当者が得意なこと、楽しんで取り組めることから始めるといい」と教えてくれた。豊島さんの前職は県立公園の所長。幼い頃から自然の中で遊ぶのが大好きだった。

企画広報担当の豊島大輝さん。自治体や鉄道会社と連携した地域振興にも意欲的だ。

 広く呼びかけているのはリトリート(普段暮らす場所を離れ、仕事や人間関係で疲れた心身を癒やす過ごし方)。それを実践できる焚き火、湖畔ヨガ、星空観察、ネイチャーガイドなどを組み込んだ宿泊プランを用意する。
 それらを通して「人は自然の一部だ」という認識を体験者に伝えたい。「自分の得意分野であるし、亀山湖を含む奥房総エリアには〝千葉県最後の秘境〞と呼ぶべき自然が残っています。〝リトリートの聖地〞を合言葉に地元は盛り上がってきており、活用すれば集客にも地域振興にもなります。どんな場所にも、企業にも、強みや魅力はある。それを利用した取り組みが結果としてSDGsにつながれば、本当の意味で〝持続可能〞になると思います」。


 ネイチャーガイドに実際に参加してみると途中で「サイレントタイム」という時間が設けられていた。その場
で腰を下ろし、目を閉じる。視覚に頼らずに自然を感じると、木の葉の揺らぎにも音の種類があるとわかり、風が運ぶ草木の匂いが色濃く感じられ、さえずりだけで小鳥のいる方角が認識できる。
 普段何の気なしに歩いているだけでは得られない感覚に驚く。その短い間、確かに自然の一部として溶け込んでいた。そんな体験をすると、例えば道端に落ちている空き缶を見ても自分の部屋へ誰かがポイ捨てしたかのように感じてしまう。「私はそんなことはしたくない」と思う。
 このような感覚が社会全体に広がり、それが当たり前になると「空き缶を道に捨てない」はもはや強制ではなくなり、普通に続けられる。SDGsとは本来こうあるべきものと教えられた。
 その一方、亀山温泉ホテルが課題と感じているのは、従業員全体の意識を変えること。ボリュームのある自慢の食事で宿泊客をもてなしたいという気持ちとフードロス削減は相反するものになりがちだし、啓発活動を行ってもゴミの分別がなかなか浸透しない。
 それでも「できることから始めよう」と、アメニティは客が必要とする分だけ提供する「アメニティバー」方式を採用。朝食のビュッフェは色とりどりの小鉢を好きなだけ選べるようにして廃棄削減と宿泊客の楽しみを両立している。
 宿泊客の快適性・非日常感を大切にする宿泊業。自然と健康に特化した取り組みを行ってはいるが、「プラスチックやフードロスの削減など、当社が得意でない分野については、ぜひ他社の事例を参考にしたい」という。強みを持ち合いノウハウを共有できれば、業界全体の利益につながるだろう。同ホテルは今後もSDGsを含む課題解決のため、異業種を含め、地域との連携を強化していく考えだ。


こぼれ話

 今回はSDGsの取り組みを体験するべく、実際に宿泊させていただき、亀山温泉ホテルさまの思いをたっぷりと胸に刻んできました。一番胸に響いたのは、記事内にもある「続けられることが一番」という言葉。「やらなければならないから」、「世間が求めているから」という理由だけでは会社や従業員にとって負担になるときが来る。その会社が、そして従業員が「やりたい」という意思がなければ続かない。そういう思いで取り組むことが本当に「持続可能な」取り組みなのだというお話に、SDGsの何たるかを学ばせていただいた思いです。「やりたい」こと以外にも必要な部分はあるけれど、その点はそれが得意な他者とノウハウをシェアできればよいのだという理念は、ゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」を体現しているようにも感じました。
 お話を伺った豊島さんはリトリートで「人間をヒトに戻す」お手伝いをしているのだと話してくれました。社会的な動物として生きているわたしたち「人間」を、自然と触れ合うことで、動物としての「ヒト」が本来もっていた能力や感性を少しでも取り戻す、ということだそう。根っからの「人間」なわたしですら、1時間ほどのネイチャーガイドで「ヒトの感性とはこういうこと」と感じることができたので、感受性豊かなお子さんがプログラムに参加したらとても得難い体験になるだろうなあと思いました。自分のなかにあったはずなのに気付いていなかった思いとも出会えます。「転地」して普段とは違う自分を見つけるという意味で、大人の方にもおすすめです!
 滞在中、1人で宿泊しているわたしを気遣って、スタッフの皆さんもたくさん話しかけてくださり楽しい時間を過ごすことができました。お湯よし!食事よし!また行きたいと思わせてくださるお宿でした!

ため池は天然のビオトープ。動物が集まり、植生にも影響
道端に落ちていた文旦。この食べ方…野性のサルが近くにいる?


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