電気を学ぶ

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二コラ・テスラ

二コラ・テスラ
テスラは1856年(ねん)、現在(げんざい)のクロアチア西部(せいぶ)で生(う)まれる。
わずか5歳(さい)で小型水車(こがたすいしゃ)を作(つく)り出(だ)した。
幼(おさな)い頃(ころ)、雪山(ゆきやま)に行(い)き雪(ゆき)を丸(まる)めて投(な)げると、斜面(しゃめん)を転(ころ)がり雪玉(ゆきだま)は大(おお)きくなりつづけ木(き)をもなぎ倒(たお)すほど大(おお)きくなったのを見(み)て自然(しぜん)のエネルギーに注目(ちゅうもく)する。
記憶力(きおくりょく)がよく感覚(かんかく)が鋭敏(えいびん)すぎるせいか興奮(こうふん)したり、強(つよ)い光(ひかり)を見(み)ると幻覚症状(げんかくしょうじょう)が出(で)ていた。
7つ上(うえ)の兄(あに)が12歳(さい)の時(とき)に亡(な)くなった事(こと)をきっかけに恐怖症(きょうふしょう)にも悩(なや)まされる。
多(おお)くのマイルールがあり、ホテル住(す)まいをしていたときは3で割(わ)り切(き)れる番号(ばんごう)の部屋(へや)しか泊(とま)まらず、 服装(ふくそう)はシルクのシャツ、ネクタイ、手袋(てぶくろ)と決(き)まっていて、1度着(どき)たものは捨(す)てていた。
語学(ごがく)も堪能(たんのう)で8か国語(こくご)、音楽(おんがく)、哲学(てつがく)を好(この)む。オーストリアの工科大学(こうかだいがく)に在学中(ざいがくちゅう)「グラム発電機(はつでんき)」という発電機(はつでんき)とモーターの両方(りょうほう)の機能(きのう)を持(も)つ直流機械装置(ちょくりゅうきかいそうち)を目(め)にし、 「回転磁界(かいてんじかい)」の原理(げんり)を思(おも)いつく。
回転磁界(かいてんじかい)を生(う)み出(だ)すため「交流(こうりゅう)モーター(二相誘導(にそうゆうどう)モーター)」を完成(かんせい)させる。 このモーターを三相以上(さんそういじょう)に発展(はってん)させて発電機(はつでんき)などの関連技術(かんれんぎじゅつ)と合(あ)わせて作(つく)ったのが多相交流(たそうこうりゅう)システムだった。
28歳(さい)の時(とき)、交流(こうりゅう)システムの実用化(じつようか)を進(すす)めるためアメリカにわたり、エジソンの下(もと)で働(はたら)く。 仕事(しごと)を1日(にち)18時間以上(じかんいじょう)もするほど仕事熱心(しごとねっしん)であった。
ある日(ひ)、蒸気船(じょうきせん)の故障(こしょう)からヒントを得(え)て直流発電機(ちょくりゅうはつでんき)の改良(かいりょう)をエジソンに提案(ていあん)。
交流電流(こうりゅうでんりゅう)に改良(かいりょう)が成功(せいこう)したら5万(まん)ドルのボーナスを約束(やくそく)したエジソンだったが、本当(ほんとう)に完成(かんせい)するとは思(おも)っておらず テスラが改良(かいりょう)に成功(せいこう)しても「君(きみ)はアメリカ流(りゅう)のユーモアがわかっていない。」とはねかえした。

直流(ちょくりゅう)システムを売(う)り出(だ)そうとしていたエジソンは、交流電流(こうりゅうでんりゅう)は動物(どうぶつ)を感電(かんでん)させる危険(きけん)なものと広(ひろ)めた。
一方(いっぽう)、テスラは自分(じぶん)の体(からだ)に100万(まん)ボルトの電流(でんりゅう)を流(なが)し放電(ほうでん)するショーを開(ひら)き交流電流(こうりゅうでんりゅう)の安全(あんぜん)を呼(よ)びかけた。

その後(ご)も、エジソンとは意見(いけん)が合(あ)わず1年(ねん)ほどで会社(かいしゃ)を去(さ)ってしまう。 独立(どくりつ)したテスラは1888年(ねん)、米国電気工学者協会(べいこくでんきこうがくしゃきょうかい)(AIEE)の招待(しょうたい)で発明(はつめい)の発表(はっぴょう)を行(おこな)った。
そこでテスラに興味(きょうみ)を示(しめ)した人物(じんぶつ)が、アメリカの技術者(ぎじゅつしゃ)であり実業家(じつぎょうか)のジョージ・ウェスティングハウス(総合電気(そうごうでんき)メーカー・ウェスティングハウス社(しゃ)の創設者(そうせつしゃ))であった。
1887年(ねん)にテスラは多相交流(たそうこうりゅう)システムの基本特許(きほんとっきょ)を出(だ)していたが、ウェスティングハウスはテスラから特許(とっきょ)の権利(けんり)を買(か)い取(と)り、 交流送電(こうりゅうそうでん)システムでエジソンの直流送電(ちょくりゅうそうでん)システムと対決(たいけつ)した。これが「電流戦争(でんりゅうせんそう)」である。
ナイアガラの水力発電所(すいりょくはつでんしょ)で交流電流発電機(こうりゅうでんりゅうはつでんき)が採用(さいよう)され交流電流(こうりゅうでんりゅう)は世界的(せかいてき)に普及(ふきゅう)。 現在(げんざい)、私(わたし)たちが使(つか)っている電気(でんき)も交流電流(こうりゅうでんりゅう)である。

その後(ご)テスラの研究(けんきゅう)は、交流(こうりゅう)システムから高周波(こうしゅうは)へとシフトしていく。
送電線(そうでんせん)ではなく、電波(でんぱ)によって世界中(せかいじゅう)に情報(じょうほう)とエネルギーを供給(きょうきゅう)できないかと考(かんが)えたためだった。
地球全体(ちきゅうぜんたい)の磁場(じば)を利用(りよう)し電気振動(でんきしんどう)と共鳴(きょうめい)させることで、空間(くうかん)からエネルギーを無限(むげん)に得(え)られる仕組(しく)みを発明(はつめい)。 高周波(こうしゅうは)・高電圧(こうでんあつ)を発生(はっせい)させる共振変圧器(きょうしんへんあつき)「テスラ・コイル」を開発(かいはつ)。


1889年(ねん)、無線(むせん)で遠距離(えんきょり)に電力(でんりょく)を送(おく)り、どこでも電化製品(でんかせいひん)を動(うご)かせる「世界(せかい)ワイヤレスシステム」を発表(はっぴょう)。 (現在(げんざい)のwifiの原型(げんけい))
情報伝達(じょうほうでんたつ)のシステムとしては成功(せいこう)をおさめたが、無線(むせん)による電力(でんりょく)の送電(そうでん)システムになると 高(こう)エネルギーが地球上(ちきゅうじょう)のどこからでも無限(むげん)に得(え)られるため、利益(りえき)を得(え)るために電気(でんき)エネルギーを供給(きょうきゅう)していた企業(きぎょう)や国家(こっか)と対立(たいりつ)してしまい研究(けんきゅう)が進(すす)まなかった。

1900年(ねん)、テスラの論文(ろんぶん)がモルガン財閥創始者(ざいばつそうししゃ)の目(め)にとまり、資金援助(しきんえんじょ)を受(う)けて情報通信(じょうほうつうしん)と無線送電(むせんそうでん)の実験(じっけん)を行(おこな)う巨大(きょだい)な無線送電塔(むせんそうでんとう)「世界(せかい)システム」の建設(けんせつ)を進(すす)める。
しかし、グリエルモ・マルコーニが太平洋横断無線通信(たいへいようおうだんむせんつうしん)に成功(せいこう)し、実用化(じつようか)を成(な)し遂(と)げてしまった事(こと)とモルガンからの、 資金(しきん)がストップしてしまい、テスラの研究(けんきゅう)は途絶(とだ)えてしまった。


テスラは交流電流(こうりゅうでんりゅう)やテスラ・コイルの他(ほか)にもリモコン、蛍光灯(けいこうとう)、熱伝導(ねつでんどう)、太陽発電(たいようはつでん)、レントゲンなど200以上(いじょう)の発明(はつめい)を残(のこ)している。
1915年(ねん)と1930年(ねん)にエジソンとともにノーベル物理学賞受賞候補(ぶつりがくしょうじゅしょうこうほ)となるが、エジソンと同時受賞(どうじじゅしょう)でなければ賞(しょう)は渡(わた)せないという理由(りゆう)で受賞(じゅうしょう)にはならなかった。
お互(たが)いに同時受賞(どうじじゅしょう)を嫌(きら)ったためだと言(い)われている。

生涯独身(しょうがいどくしん)で、晩年(ばんねん)はホテルの一室(いっしつ)で過(す)ごし、ミルクとナビスコクラッカーを好(この)んで食(た)べていた。
その後(ご)も研究(けんきゅう)は続(つづ)けていたが、資金(しきん)や機会(きかい)に恵(めぐ)まれず1943年(ねん)86歳(さい)でこの世(よ)を去(さ)った。
奇抜(きばつ)な実験(じっけん)や時代(じだい)を先取(さきど)りしすぎた考(かんが)えは周(まわ)りの理解(りかい)を得(え)られず、マッドサイエンティストのレッテルを貼(は)られ世(よ)に名(な)が広(ひろ)まらなかったテスラだが、 磁界(じかい)における磁束密度(じそくみつど)の国際単位記号(こくさいたんいきごう)にはT「テスラ」の名前(なまえ)が使(つか)われている。

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