電気を学ぶ

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トーマス・エジソン:アメリカの発明家・起業家

17歳(さい)の頃(ころ)、カナダの駅舎(えきしゃ)で何事(なにごと)も事件(じけん)がなければ1時間(じかん)おきに勤務(きんむ)に就(つ)いていることを示(しめ)す電信(でんしん)を送()るだけの退屈(たいくつ)な仕事(しごと)に飽(あ)き、時計(とけい)を使(つか)って電信機(でんしんき)から自動(じどう)で信号(しんごう)を送(おく)る機械(きかい)を発明(はつめい)。
しかし、あまりにも正確(せいかく)に電信(でんしん)が届(とど)くことを不思議(ふしぎ)に思(おも)った上司(じょうし)に注意(ちゅうい)される。
これがエジソンにとって最初(さいしょ)の発明(はつめい)となる。21歳(さい)の頃(ころ)、議会(ぎかい)における賛成票(さんせいひょう)と反対票(はんたいひょう)の数(かず)を押(お)しボタンで瞬時(しゅんじ)に集計()する電気投票集計機(でんきとうひょうしゅうけいき)を開発(かいはつ)。
投票(とうひょう)にかかる時間(じかん)を短縮(たんしゅく)できる画期的(かっきてき)な発明(はつめい)となるはずだったが、「少数派(しょうすうは)の議員(ぎいん)による牛歩戦術(ぎゅうほせんじゅつ)ができなくなる」という理由(りゆう)で不採用(ふさいよう)となる。

これらの経験(けいけん)を経(へ)て、立派(りっぱ)な発明(はつめい)でも人々(ひとびと)が喜()んでくれなければ意味(いみ)がないことを痛感(つうかん)し、周囲(しゅうい)の意見(いけん)や要望(ようぼう)を聞(き)いてから発明(はつめい)に取(と)り掛(か)かるようになった。

最()も知(し)られている発明(はつめい)は白熱電球(はくねつでんきゅう)で、ジョセフ・スワンが発明(はつめい)・実用化(じつようか)した白熱電球(はくねつでんきゅう)を本格的()に商品化(しょうひんか)。エジソンとスワンで会社(かいしゃ)を設立(せつりつ)して世(よ)に広(ひろ)めた。

白熱電球(はくねつでんきゅう)は当時(とうじ)「アーク灯(とう)」と呼(よ)ばれ、通電(つうでん)させた二(ふた)つの炭素(たんそ)の棒(ぼう)(フィラメント)を接触(せっしょく)させて離(はな)すことで発生(はっせい)する放電現象(ほうでんげんしょう)を利用(りよう)した照明(しょうめい)だった。
炭素(たんそ)フィラメントは寿命(じゅみょう)が短()く、明(あ)かりが強(つよ)すぎて街灯(がいとう)にしか使(つか)えないものだった。
そこで、エジソンはフィラメントを木綿(もめん)から友人(ゆうじん)のひげまで様々(さまざま)な素材(そざい)で、約(やく)6,000種類(しゅるい)の電球(でんきゅう)を作成(さくせい)。

唯一(ゆいいつ)、200時間(じかん)を超()え光(ひか)り続(つづ)けている電球(でんきゅう)が竹(たけ)から作(つく)ったフィラメントだった。

よりよい電球(でんきゅう)を作(つく)るために世界中(せかいじゅう)の竹(たけ)を集(あつ)めた結果(けっか)、日本(にほん)の京都府八幡村(きょうとふやわたむら)(現在(げんざい)の京都府八幡市(きょうとふやわたし))の竹(たけ)が採用(さいよう)された。
その竹(たけ)で作(つく)った電球(でんきゅう)は、2,450時間(じかん)も光(ひか)り続(つづ)けることに成功(せいこう)した。

優(すぐ)れた発明家(はつめいか)として知(し)られているエジソンは、生涯(しょうがい)におよそ1,300もの発明(はつめい)をおこなった人物(じんぶつ)であり、蓄音機(ちくおんき)、トースターや電気(でんき)アイロンなど人々(ひとびと)の生活(せいかつ)を一変(いっぺん)させるような発明(はつめい)をいくつも開発(かいはつ)している。

ちょっと雑学
当時(とうじ)のアメリカでは1日(にち)2食(しょく)が一般的(いっぱん)でしたが、トースター販売(はんばい)のために1日(にち)3食(しょく)と宣伝(せんでん)して、現在(げんざい)も1日(にち)3食(しょく)が定着(ていちゃく)している。

エジソンは努力(どりょく)の人(ひと)でもあり、多(おお)くの名言(めいげん)も残(のこ)している。その中(なか)の1つが
『それは【失敗(しっぱい)】ではなく、この方法(ほうほう)ではうまくいかない事(こと)を発見(はっけん)した【成功(せいこう)】なんだ。』
こうした失敗(しっぱい)しても諦(あきら)めない思考(しこう)が偉大(いだい)な発明家(はつめいか)への道(みち)となった。

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