• 生物多様性レポート
  • 生物多様性を維持していくために私たちに何ができるのか、その可能性を探るコーナーです。

耕作田と放棄田どちらも生物の暮らす場所

福井県の観光スポット、足羽山の頂に位置する福井市自然史博物館に「鳥博士」がいる。出口翔大さんは、幼い頃に文鳥を飼ったことがきっかけで鳥に興味を持つ。図鑑を眺めるうちに、その姿形や機能美に魅了され、友人から鳥博士と呼ばれるようになった。当時の夢は学芸員。
大学では農学(林学)を専攻し学芸員の資格を取得したが、就職先の狭き門に夢は破れた。そうして卒業後は一般企業に勤めたものの、学芸員への思いを諦められなかった出口さんは、4カ月で会社を退職し、2013年に大学院に入学した。
研究テーマは「田んぼの環境変化が与える鳥への影響」。今、高齢化や人口減少によって農業が衰退し、各地で田畑が耕されないまま放置されている。そうした人間の自然に対する働きかけの変化が、鳥の生態系にどう影響しているのかを調査したのだ。鳥の観察は日の出から4時間が勝負。出口さんは午前2時に起き、新潟市の住まいから長岡市の中山間部にある田んぼに通い、人の手が入りコメがつくられている田んぼ(耕作田)と手つかずの荒廃した田んぼ(放棄田)を比較した

福井市自然史博物館

放棄田には雑草が生い茂っていく。これまで田んぼで生活していたカエルや水辺に発生する蚊は姿を消す。するとツバメやサギなどの鳥たちはエサを見つけられない。「耕作田への移動もできますが、住みやすい環境はすでにほかの鳥の縄張りで、そこでは生きられない。自由に飛べても繁殖地は固定されているのです」。こうして既存種は生息数を減らすが、その一方で放棄田のヤブを好む鳥が定着した。日本のみで繁殖するスズメ程の大きさのホオジロの仲間ノジコや、世界的にも減少しているカシラダカなどだ。それらは、放棄田の茂った環境を好んだ。
一般的に田の耕作を放棄すると生物多様性が失われると考えられるが、研究の結果、放棄田の方が鳥類の種数が増えていた。しかし、放棄田ではツバメなどが姿を消しており、中山間部全体で見れば生物多様性は減少していることがわかった。どの視点から自然を切り取るかで多様性は変わるのだ。出口さんは「多種が暮らす環境を守るのか、希少種の生息域を保全するのかなど目的を持った対応が必要です」と話す。

福井市自然史博物館の「鳥博士」出口翔大さん。

2018年5月に縦25メートル横10メートルの巨大池がオープンした。以前からいたミドリガメも移管されのびのびと池を泳いでいる。
出口さんは2017年に福井市自然史博物館に就職し、研究を行いながら2018年に博士号(農学)を取得。現在は学芸員として博物館の案内や鳥の観察会を開く傍ら、ノジコの調査も進めている。取材中、窓の外から鳥のさえずりが聞こえると「あっ〇〇(鳥の名前)だ。今シーズンで初めて確認しました」と目を輝かせる。自ら撮影した写真や図鑑を見せ嬉々として解説する。鳥への愛がおのずと伝わってくる。
里山の人口減少によって生態系バランスが崩れ、イノシシやシカなどによる獣害が問題となっている。自然に対する働きかけの変化が、人々の暮らしに悪影響を及ぼす例だ。だが、変化した環境を望む生物は少なからずいる。生物多様性の保全活動は多角的な視点で判断していく必要がある。

こぼれ話

実は、私は鳥が大の苦手で、今回の取材を恐れていました。鳥が大好きな鳥博士と、鳥が大嫌いな私は会話が成立するのだろうかと。
取材のなかでハトが苦手であることを打ち明けると、出口さんは「これも、これもかわいい!」と何枚もハトの写真を見せてくれたり、ハトしかもたない機能美を紹介してくれたりするなど、鳥に興味をもてるようさまざまな方向からアプローチしてくださいます。
ちなみにハトは首にピジョンミルクという液体を備えていて、餌がなくなっても雛にミルクを与えられるそうです。気になる鳥を伝えれば、きっと豆知識を授けてもらえるはず!皆さんも福井市自然史博物館の鳥博士を訪ねてみてはいかがでしょうか♪

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