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  • 東日本大震災から復興への歩みをみせる被災地の企業や日本テクノの取り組み

必ず復興 温泉は生きているScene 32

 熊本県南阿蘇村の垂玉温泉 山口旅館は創業明治19年、文人・与謝野鉄幹らに愛された歴史ある温泉だ。昨年4月の熊本大地震では甚大な被害を受けた。建物には土砂が押し寄せ、道路は寸断。17名の宿泊客と従業員は、自衛隊によって救助された。「土砂は館内に流れ込み、離れの露天風呂は土で埋まりました。死傷者が出なかったのは奇跡」と専務の山口雄也さんが当時の様子を語る。

南阿蘇の観光の灯を絶やさない

山口旅館・専務の山口雄也さん。背景に写る山並みの中に垂球温泉がある


 山口さんらが自らの旅館を再訪できるまで、約1カ月を要した。幸いにして源泉は枯れておらず、手触りも匂いも元の泉質だった。その時の感動は今も鮮明に覚えている。「温泉さえあれば、私たちは復活できる。始めは日帰り入浴と飲食を提供するだけでもいい。とにかく全国にファンを持つ垂玉温泉として復活できる希望が見えたと感じました」。
 だがその後、状況は一転する。6月には豪雨による土石流で建物と道路が破壊され、復旧は遠のいた。建物も看板も土砂に埋まった光景を毎日目にしているうちに、前向きな気持ちが徐々に影を潜めていった。
 そんな山口さんが立ち直ったきっかけは、献身的なボランティアだった。「大型重機が入り、100人を超すボランティアの方が、建物内外の土砂を片付けてくださいました。初めは、どうせ建て直すのだから、丁寧に作業していただかなくても…と思っていましたが、皆さんの一生懸命働く姿を目にし、温かな気配りに触れるうちに、久しぶりに指先まで血が通ったような、不思議な温かさを感じました。ボランティアの皆さんとは今も交流が続いています」

多くのボランティアが集まり、被災地の復興に汗を流してくださった

 人との交流はこれだけではない。震災後は地域の集まりにも積極的に顔を出すようになった。自分も南阿蘇村の一員であり、地域あっての垂玉温泉だと再確認したからだ。2017年5月現在、道路は復旧せず、温泉再開のめども立っていないが、「できなくなったこともあるが、できることも沢山ある」と考え、地元の観光振興に汗を流している。
 「ここにしかない価値を創り、伝えていく。そのために、南阿蘇という土地のよさを伝え、観光の灯を消さないようがんばっています。私たち観光業者がポジティブなメッセージを発信することで来訪者を増やし、来たる温泉復活の日まで準備を続けます」。

こぼれ話

通常は現地に出向き、お話を伺うのですが、旅館までの道路は復旧しておらず、今回の取材はやむなく南阿蘇市の道の駅「あそ望の里くぎの」で行いました。山口専務は淡々とお話しされていましたが、内心の焦りやもどかしさを思うと、話を聞いているこちらの胸が痛みます。2017年7月の大雨は再び阿蘇地方に大きな被害をもたらしました。これ以上被害が広がらないよう、ただ祈るばかりです。

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